じゃごろの模型日記

手抜きモデラーのプラモ日記です
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XF5U-1 フライングパンケーキ

フライングパンケーキ

本日のキットは、ハセガワ1/72 XF5U-1フライングパンケーキです。
ホビースポットUが開発したものをハセガワが発売したキットです。


フライングパンケーキ2

キットは繊細な凹モールドで外形も良さそうです。
円盤状の独特の形を良く捉えています。

フライングパンケーキ3

プロペラは一体成型ではなく分割されています。
車輪はWタイヤで、尾輪式の降着装置になります。

フライングパンケーキ4

組説は横開きの1枚物です。
塗装は海軍機のため、ネイビーブルー1色の指示があります。

円盤翼機は翼面積が広く、高い揚力を得られるために失速し難く、広い速度範囲で飛行出来るそうです。
素人から見ると本当に飛ぶの?と思うんですが、性能的に優れた形状とは信じがたい感じです。
ヴォート社は、1942年に実験機「V173」の初飛行に成功します。(UFOと誤認された記録あり)
80馬力のエンジンのため馬力不足ながら高い性能を示しました。
1944年に試作機2機の発注を受け高い速度性能と機動性能、STOL性を持つ機体として開発が進められます。
1945年機体は完成しますが、プロペラの開発が遅れたために地上試験が続けられていました。
1947年に新型プロペラが完成、しかし、米海軍は計画を中止、試作機は初飛行することなく処分されます。
開発中止の理由は、ジェットエンジンの進歩によりレシプロ戦闘機の開発する必要性がなくなったこと。
大型プロペラを装備した状態ではロケット弾など前方に投射する兵器を装備することが出来ない等が難点とされました。
しかし、こんなことは実際に試作する前に検討できなかったんでしょうかね。
作ってみて「あれ、ロケット弾が装備できないよ」なんてコントの様ですよ。
最後にスクラップ処分は簡単には破壊できず、強固な機体構造を実証したというオチがつきます。

キットは秀逸な出来で1/72XF5U-1の決定版と言えるものです。
このようなキットが国産で開発された事は嬉しいですね。
試作機ながらユニークな形状で人気のある機種です。
もう作ったという方も多いのではないでしょうか。

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【 2017/03/31 (Fri) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)

ヘンシル Hs129 タンクハンター

Hs129タンクハンター

本日のキットはエッシー1/48 ヘンシル Hs129タンクハンターです。
このキットは、B1、B2、B3が選択でき、箱絵はHs129B3になります。

Hs129タンクハンター2

胴体パーツ類です。
繊細な凹モールドで、形状も良い様です。

Hs129タンクハンター3

主翼パーツ類です。
主翼形状も良好で問題ありません。

Hs129タンクハンター4

デカールですが台紙の色が馴染みがありませんね。
エッシーのデカールはつや消しで割れ易かったです。

Hs129タンクハンター5

組説はグンゼ版なので日本語表記です。
B1、B2、B3の選択指示があり、自分の作りたいタイプを選択できます。

Hs129は「堅固な防御装甲を施した20ミリ機関砲装備の小型双発攻撃機」という仕様で製作されました。
1939年頃試作機が完成、1940年に部隊配備されて実用試験が行われ問題が多発しています。
総重量5tの機体に465馬力のエンジン装備で運動性は劣悪でした。
極端に狭いコクピットはほとんど座席スペースのみで、計器の一部はエンジンナセルに装備されていました。
ヘンシル社は新型機を提案しましたが状況が許さず改良を命じられています。
高性能エンジンは戦闘機や爆撃機用で、Hs129に供給されるエンジンは国内では困難な状況にありました。
しかたなくフランス製の700馬力エンジンを転用し、Hs129Bとして再設計しています。
かなりの性能向上が見られましたが鈍重な機体であることに代わりはありませんでした。
B-1は固定武装20ミリ機関砲2門、7.92ミリ機銃2丁装備
B-2はアンアテ支柱廃止、パック兵装37ミリ機関砲装備
B-3はパッウ兵装7.5㎝対戦車砲装備
敵戦車を上空から攻撃し、砲塔部分を破壊していく様子から「空飛ぶ缶切」の愛称がついています。

エッシーはイタリアの模型メーカーで、デカールメーカーとしてスタートとしています。
1960年代には多数のデカールを発売していました。
最初のプラモデルは1971年に発売されています。
1977年に1/48の航空機キットを発売、1980年に1/72の航空機キットを発売しプラモデルメーカーの地位を固めています。
これは凹モールド、外形の正確さ、日本製金型の精度の高さもあり高い評価を受けています。
1987年アーテルによる買収後、エッシー/アーテルのブランドで多くの新製品が開発されました。
1999年アーテルが買収されプラモデルから撤退、金型はイタレリに売却されました。
航空機のモデルは、日本で金型を製作しており、当時のトップレベルにあったハセガワなどのキットに匹敵する出来でした。
高い評価を受けていましたが、バッティングすることが多く、品質も大差なかったので日本ではあまり評価されていません。
しかし、海外では日本製より低価格のため人気がありました。
日本のメーカーの製品とモールドや部品分割までほぼ同一のキットがほぼ同時期に発売されたこともありました。
これは木型の制作を同一の原型師に依頼したためであり、他方の製品をコピーしたものではありません。
初期に発売されたHs123やHs129は、特に評価が高かった様です。
キットはエッシー/アーテルのグンゼ版で、当時は珍しい機種で人気がありました。
今はハセガワから発売されているのでエッシーを作ることはないでしょうね。
当時は展示会でもよく見かけるキットでした。



【 2017/03/30 (Thu) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)

川西 NIK2-J 紫電改

紫電改ニチモ

本日のキットは、ニチモ1/35 川西 NIK2-J 紫電改です。
モーターライズで走行する古いキットの再販版です。

紫電改ニチモ2

胴体形状は古いキットながら良好です。
走行モデルでしたがこのキットはスケールモデルとして発売されている様です。

紫電改ニチモ3

主翼形状も良好でプロポーションは悪くありません。
主輪、尾輪は格納でき、動翼は全て可動します。

紫電改ニチモ4

パイロットは上半身のみです。
モータライズの名残でコクピットは上げ底式です。

紫電改ニチモ5

キットはスケールモデルですが、ベビーモーターでプロペラが回転する様に組む事が出来ます。
コクピットは再現されていません。

紫電改ニチモ6

初期物はプロペラと尾輪が回転することで走行します。
尾輪は格納することができました。

この紫電改のキッtは、1964年の発売で世界傑作戦闘機シリーズとして発売されました。
紫電改は№2で、シリーズは4種類あったと思いますが、手元には紫電改しか残っていません。
この時代、多くの走行モデルがありましたが、ニチモのキットは優れていました。
このキットもプロポーションが良好で、外形は今でも十分通用する程の出来です。
コクピット内部を自作すると素晴らしい紫電改が手に入ります。
あるいは男らしくキットのままで製作しても十分満足できます。
再販物は今でも手に入れる事ができるようで、たまに見かけることがあります。
50年前のキットが生き残っているのは、プロポーションの良さでしょうね。
ニチモの技術力の高さが良く分かるキットではないでしょうか。

【 2017/03/29 (Wed) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)

ホーカー テンペスト MkⅤ

テンペスト

本日のキットは、エレール1/72 ホーカー テンペスト MkⅤです。
テンペストの名キットとして長い間親しまれたキットです。

テンペスト2

胴体、水平尾翼のパーツです。
胴体形状は良好で、テンペストの特長を良く捉えています。

テンペスト3

主翼上面パーツです。
脚柱は繊細な再現ですが強度が心配されます。

テンペスト4

主翼下面パーツです。
脚庫内モールドが再現されています。

テンペスト5

プロペラ、ラジエータ、主輪等のパーツです。
増槽が2個付属しています。

テンペスト6

デカールは2種類から選択できます。
エレールのデカールは、版のズレがたまに見られますが、これは大丈夫の様です。

テンペスト7

組説はシンプルな1枚物です。
脚柱の取付は別図で説明があり、取付角度等が良く分かります。

このキットは、70年代後半の発売で発売当初は全スケールを通じてベストキットと言われた名品です。
しかし、15年程前アカデミーが、本キットをベースにを筋彫り化したキットを発売し人気を奪われてしまいました。
エアフィックスも90年代に、エレールのキットにデカールと組説を入れ替えたキットを発売しています。
自国の飛行機を積極的に発売したエアフィックスは、何故かテンペストを自社開発しなかったようです。
キットは凸モールドながらエレールらしい繊細な出来で今でも遜色はありません。
残念ながら現在は生産休止の様で、キットを見かけたら手に入れる事をお勧めします。
このテンペストのキットは、エレールの製品の中でもトップクラスと言えるのではないかと思います。


【 2017/03/28 (Tue) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

B-29A スーパーフォートレス

B-29A

本日のキットは、クラウン1/144 B-29A スーパーフォートレスです。
クラウン重爆撃機シリーズの最後の一員でした。

B-29A2

デカールは2種類から選択できます。
デカール左側の白い菱形状のものは接着剤です。

B-29A3

主翼形状は良好の様です。
エンジンが再現されています。

B-29A4

塗装マーキング指示が別紙で付属しています。

B-29A5

組説はシンプルな1枚物です。
折り畳まれる事なくそのまま箱に入れられています。

B-29A6

クラウンの重爆撃機シリーズは4種類でした。

ボーイングB-29Aについては諸説いろいろありますが、私が思う優れた点を少々述べておきます。
与圧式キャビンを備えていたため、高空でも快適に飛行出来た事。
与圧式キャビンを備えたため、防御銃座を遠隔式にした結果、銃撃手の視界が良好になった事。
銃座の照準器が見越し射撃を自動で補正出来たことにより命中精度が高く、防御が強固になった事。
1基のエンジンに2基の排気タービンを付けた事。
排気タービンを消耗品と割り切った設計を行った事。
優秀な飛行機であり、大量生産できたことは国力の差を感じさせますね。

キットはランカスター等3機は75年発売、B-29は76年発売予定でしたが少し遅れた様です。
初期は白箱でしたが、この黒箱は80年代の発売です。
当時の価格は300円でしたが、90年代に発売された限定版は600円でした。
このキットは出来が良い方で、マローダ等と人気があるキットでした。
今なら1/144キットはフジミの方が好まれるかもしれません。
クラウンの金型は海外に流れ、ミニクラフトから発売されました。
この当時は何も考えず、組説の指示どうり作って楽しい時代でしたね。
ただ付属の接着剤で作るのは意外に難しかったんですよ。
容量が小型機も大型機も同じで足りない事もあり、開封したら一気に作らないと接着剤が駄目になります。
別売のセメダイン(赤いキャップ付き)を使う様になるんですが、黄色いボンドを使っている子もいました。


【 2017/03/27 (Mon) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

立川 98式直接協同偵察機

98式直協機

本日のキットは、フジミ1/72 立川98式直接協同偵察機です。
名前が長いので98式直協と呼ばれていました。

98式直協機2

キットはシャープな凹モールドで、外形も良好な好キットです。
胴体下面、側面のシャッター付き観測窓も再現されています。


98式直協機3

主翼は前縁に後退角が付いた外形を良く捉えています。
250㎏爆弾1発、15㎏爆弾2個が付属しています。

98式直協機4

特長的な大きなキャノピーは透明度も良い様です。
反面、下面観測窓にはヒケが見られました、残念。

98式直協機5

組説は縦長の1枚物です。
コクピットは座席と操縦桿のみで、フロアーから下面窓は見えません。


陸軍では、前線の地上部隊と共同して、偵察や観測、地上攻撃を行う直接協同偵察機が必要とされました。
短距離離着陸性、低速安定性、良好な視界、整備性の高さ等が要求されています。
1937年、立川が開発指示を受けますが、全金属製機は初めてでしたので陸軍は97司偵の構造資料を提出しています。
そのため設計は順調に進み、同年試作機完成、1938年に正式採用されています。
使い易い万能機として部隊では好評で、操縦性の良さから派生型は99式高等練習機として採用されました。
この機はタイにも納入され1950年代中頃まで使用されています。

フジミのキットは80年代前半ごろの発売で、当時のシリーズの中でも秀逸なキットです。
マイナーなキットの発売に驚いたものですが、貴重な機種を発売してくれたことに感謝です。
フジミが元気な頃の作品ですが、今の時代では発売は難しいと思われます。
約1330機程生産され、終戦まで使用された名機ですので自国としては欲しいキットです。
エアフィックス等は、自国の飛行機を意欲的に発売していました。
しかし、マイナーな機種の発売は、商売的には難しいものがあります。
モデラーの欲求は様々ですから仕方のない事かもしれません。
この98式直協と99式高等練習機のキットや朝日新聞社の「きさらぎ号」が発売されていました。
「神風号」と「きさらぎ号」を揃えて見たいと思ったりしてました。
そう言えばこのキット、どこかマニアホビーの「におい」がしませんか?


【 2017/03/26 (Sun) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

ドルニエ Do335A-0 プファイル

ドルニエ

本日のキットは、造形村1/32 ドルニエDo335A-0プファイルです。
ドルニエが大戦末期に開発したエンジン串形配列の単座戦闘爆撃機です。

ドルニエ2

胴体は透明パーツになっています。
完成後もエンジン等が見られるように背部や機首パネルは別部品になっています。

ドルニエ3

主翼や動翼も透明パーツになっています。
内部構造を見える様に作成するのも可能になっています。

ドルニエ4

脚カバー等外板は透明パーツになっています。
透明パーツは表面が見難く、クラックも入り易いので注意が必要です。

ドルニエ5

主翼桁等のパーツです。
内部構造物はグレーモールドとなっています。

ドルニエ6

スピナーやエンジン関係のパーツです。
細かいパーツが多いです。

ドルニエ7

プロペラ、ラジエータダクト、後部ギヤーハウジング等のパーツです。
延長軸周辺も細かく再現されています。

ドルニエ8

燃料タンク、フロアー等のパーツです。
コクピットは細かく再現されています。

ドルニエ9

エンジンパーツです。
DB603エンジン2基が搭載されます。

ドルニエ10

車輪、脚柱のパーツです。
主輪の大きさが良くわかります。

ドルニエ11

デカール、キャノピーマスキングシートです。
デカールは1種類です。

ドルニエ12

組説は55ページあります。
図示と写真で詳しく説明しています。


1942年にドイツ航空省が出した時速800㎞/hを出す単座爆撃機の仕様に対して、ドルニエ社はエンジン串型配列で応じました。
これは2基のエンジンをコクピットを挟んで前後に配置するという特殊なレイアウトでした。
胴体内に全てのエンジンが搭載されているため、通常の双発形状より空力、摩擦抵抗に優れていました。
そのため横転運動に優れた反面縦の運動性に劣るかと思われますが、双発機にしては運動性が良かったと言われています。
胴体中央後方にエンジンを装備し延長軸で機尾のプロペラを回転させるため、共振問題も工夫されています。
また、機尾に垂直尾翼とプロペラがあるため射出座席が採用されました。
脱出時は垂直尾翼とプロペラを爆発投機し、圧縮空気で座席を射出します。
射出された座席は姿勢安定用パラシュートが自動的に開き、乗員は座席から離れ自分のパラシュートで降下します。
連合国による爆撃により生産は進まず、終戦までに完成したのは35機と言われています。
なお実戦参加記録はありませんが、イギリス空軍の飛行隊が、飛行しているDo335を目撃したと報告しています。

造形村のキットは、内部構造まで再現された精密なモデルです。
コクピットやエンジンの再現は素晴らしいものがあります。
特にエンジンは配管類も再現され、エンジン単体で展示出来る台座が付属しています。
胴体や翼等外板は透明パーツで、内部構造が見える様に組む事ができます。
しかし透明パーツは通常のパーツと材質が違うため、クラックが入り易く取り扱いに注意が必要です。
個人的には、磨き、接着、隙間修正等から外板の透明パーツ化は好みではありません。
普通のプラ製が見易く作業性も良いので、見せたい方はパネルを開ければいいのかなと思っています。
昔の透明キットのスリガラスの様な出来がトラウマになっているのかもしれませんね。(笑)
Do335の1/32キットは、ホンコンモデルからも発売されています。
大スケールでキットが発売されるとは、ドイツ機は人気があるんでしょうね。

【 2017/03/25 (Sat) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

三菱 J8M1 秋水

秋水

本日のキットは、NCモデル1/72 三菱J8M1 秋水です。
キットはハセガワ版で、一時期ピットロードからも発売されていました。

秋水2

キットは凹モールドで、リベットも打たれています。
外形は非常に良い出来です。

秋水3

主翼形状も良好です。
このキットは座席が付いていません。


秋水4

立派なスタンドが付属しています。
ロケット噴出口に差し込むようになっています。

秋水5

計器盤はデカール再現です。
日の丸の白縁は別デカールになっています。


秋水は、Me163Bの機体外形3面図、ロケット燃料の成分表と取扱説明書等数点の資料を基に試作されました。
設計資料が不十分であるため日本の技術で補完する必要がありました。
機首に見られる発電用のプロペラは搭載せず、無線装置と蓄電池搭載の為、機首部は延長されています。
内部の桁構造やキャノピーなども日本独自時の設計となっています。
また、主翼も木製で左右10㎝程度ずつ延長されています。
秋水が開発されるにあたり、日本軍で陸海軍共同の製作体制を構えたことは画期的なことでした。
機体と同じようにエンジンの資料も簡単なものであったため、手持ちの資料を参考に独自開発するしかありませんでした。
燃料は、過酸化水素を酸化剤に、メタノール、水加ヒドラジン、水の混合液を科学反応させるというシステムでした。
日本では前者を「甲液」、後者を「乙液」と呼び、取り扱いの難しい危険な劇薬でした。
ドイツではパイロットが溶かされる事故が起きているほどです。
甲液と乙液の配合をはじめ、デリケートなセッティングが必要で、燃料噴出弁の調整もミリ単位の調整が必要です。
アメリカ軍の爆撃や地震による研究所の壊滅等、困難な状況で試作機を完成させたのは驚愕すべきことでした。
なお、乙液の配合に関しては、理化学研究所の女性科学者、加藤チセ博士のアドバイスがありました。
これは大戦中の日本の航空機開発に女性が参加した希有な事でした。
試験飛行は上昇中にエンジン停止し、不時着に失敗してパイロットは殉職しています。
これは燃料を満載せず1/3しか積まなかったため、急上昇中にエンジンストールを起こしたのが原因と言われています。
三菱の技術者は、試験飛行を厚木基地から追浜に変更された時に狭いから危険と指摘しています。
しかし、変更を命じた司令部は「狭いなら機体を軽くせよ」と言い、燃料を少量にして持続時間を2分と命じています。
7分持続できるまで待つべきと言う技術者たちの意見は黙殺されています。
パイロットは貴重な機体であるため不時着水せず滑走路に帰投するコースとります。
甲液の非常投棄に時間がかかり、見学者がいる滑走路を避けたため失速気味になり監視塔に接触し墜落しています。
無能な司令部の命令で、技術者の努力や助言が無にされ、1人のパイロットの命が失われるという事態を引き起こしました。
しかしながら、秋水の実戦配備には否定的な意見が多いのも事実です。
当時の状況から膨大な燃料を供給することは不可能と思われるからです。
またドイツでもMe163Bが起死回生の戦闘機とならなかったのを見ても明らかです。
日本は迎撃より最終的には特攻兵器として考えていたようですが。
キットは1/72秋水の決定版と言える出来で、NCモデルの意気込みが感じられます。
箱絵は実写をもとにしたものと思われますが、非常に印象的な箱絵です。
秋水に携わった技術者やパイロットへの鎮魂歌と言えるキットではないでしょうか。


【 2017/03/24 (Fri) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

メッサーシュミット Me262A & Me163B

ME262タミヤ

本日のキットは、タミヤ1/100 メッサーシュミットMe262A & Me163Bです。
タミヤのミニジェットシリーズ№23です。

ME262タミヤ3

Me262のコクピッyトは座席とパイロットのみで計器盤、操縦桿はありません。
パーツ数は27で、爆弾が2発付属しています。

ME262タミヤ4

Me163もコクピットは座席とパイロットのみです。
パーツ数は11で、ドリーが付属しています。

ME262タミヤ5

組説はシンプルな1枚物です。
表がMe262、裏がMe163の組説となっています。

ME262タミヤ2

箱裏面が塗装、マーキング指示になっています。
Me163は2種類、Me262は3種類が図示されます。


ミニジェットシリーズは、1968年発売のMiG-19から、1973年発売のF-4EJファントムまで28点が発売されました。
1980年代に生産休止となりましたがその後、幾度かの再販が行われました。
2004年にはコンバットプレーンシリーズとして10点が再販されています。
また、ベン・ホビーから12点、レベルから6点、ドイツレベルから15点が発売されました。
このシリーズは、初期100円と安価で当時少なかった凹モールド、正確な外形と優れたキットでした。
1/72サイズでは大きいと感じられた現用機を1/100というコレクションに適したサイズと価格で発売されました。
初期版は上下合わせ箱でしたが、再販版はキャラメルパッケージになっています。
ボーイングB-52はこのシリーズ最大のキットで、出来は今でも優秀なキットです。
Me262&Me163は出来も良く、発売当時は200円でしたが再販時は250円となっています。
サイズが小さいのでインクスポットは筆塗りでしょうかね、ミラーウェーブは難しそうです。
Me163は本当にミニサイズで可愛いです。
大勢のモデラーがお世話になったシリーズでした。
【 2017/03/23 (Thu) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

フィーゼラー Fi103 ライヒェンベルグⅣ & バッヘム Ba349A ナッター

ナッター

本日のキットは、エレール1/72 フィーゼラー Fi103 ライヒェンベルグⅣ & バッヘム Ba349A ナッターです。
対艦攻撃用の有人型V-1とロケット迎撃機の珍機セットとなっています。

ナッター2

ナッターの胴体パーツです。
台座が付属しています。

ナッター3

ライヒェンベルグの胴体パーツです。
こちらも台座が付属しています。

ナッター4

ライヒェンベルグの主翼と胴体後部ノパーツです。
右側はナッターの主翼、水平尾翼のパーツです。

ナッター5

組説はシンプルな1枚物ですがパーツが少ないのでこれで十分。
簡単ながら操縦桿、計器盤、座席等コクピットパーツが再現されています。


ナッターは以前紹介しましたので、今回はライヒェンベルグを紹介します。
ドイツ空軍が開発した巡行ミサイルの元祖V-1は有名な報復兵器です。
正式名称はフィーゼラーFi103で、、パルスジェットエンジンを装備していました。
なお、パルスジェットエンジン本体はアルグス社、誘導装置はジーメンス社で、機体本体がフィーゼラー社というものです。
誘導装置はジャイロスコープによって方向を設定し、気圧高度計により飛行高度を設定します。
機首先端のプロペラの回転数により距離を割り出し、一定回転数でエンジン停止、その後急降下し目標に突入します。
構造が簡単でV-2の1/10の費用で弾頭は850㎏、V-2と破壊力は遜色なかったといいます。
V-1は耳障りなエンジン音から「ぶんぶん爆弾」と呼ばれていました。
この音が止むと爆弾が落下するので、ユンカース爆撃機のサイレンと同様に心理的影響が大きかったようです。
発射されたV-1は21770発と言われていますが、低速のため戦闘機による撃墜数も多く2340発がロンドンに到達しています。
ライヒェンベルグは連合国の大陸反攻上陸作戦に備え対抗するために開発されました。
母機より空中発射し、人間が誘導し、着弾寸前に脱出するというものです。
しかし、操縦席後方にパルスジェットエンジンがある事や狭いコクピット等を考慮すると脱出は困難と思われます。
1944年10月までに175機が完成しましたが、実戦では使用されていません。
日本でも同様に梅花の開発が計画されています。
このライヒェンベルグのテストパイロットにハンナ・ライチュが参加しています。
彼女は、女性初のヘリコプター、ジェット戦闘機、ロケット戦闘機搭乗者として知られています。
1937年ドイツ軍の飛行学校に女性で初めて入校を認められました。
空軍のテストパイロットに配属され、グライダー飛行で様々な世界記録を樹立しました。
1939年、Me262やMe163などのテストパイロットを務めています。
1944年、ドイツ人女性唯一の一級鉄十字章を授与されました。
1943年からライヒェンベルグの試作の中心となって参加しています。
ライチュがパイロットとして非凡な才能を持っていたことは数々のエピソードで知られています。
戦後、ドイツ人の航空機での飛行は禁止されていましたが、グライダーの飛行は許可されグライダーの世界へ再び戻ります。
スペインでの世界大会で3位になったのを手始めに女性の高度飛行記録を含む数々の世界記録を更新し続けます。
様々なグライダー部門における女性記録を塗り替えると共に世界ヘリコプター大会女性部門で1位にもなっています。
ライチュの活躍から大柄な男勝りの女性かと思いきや身長155㎝と小柄でチャーミングな女性です。
格好のプロバガンダに使用されたのは言うまでもありませんね。






【 2017/03/21 (Tue) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)
プロフィール

じゃごろ

Author:じゃごろ
お手抜きモデラーのじゃごろです。
スケール物中心にupします。
宜しくお願いします。

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