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じゃごろの模型日記

手抜きモデラーのプラモ日記です
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三菱 零式観測機11型

零観


本日のキットは、ハセガワ1/75三菱 零式観測機11型です。
キットは、ハセガワ創世記頃の発売でこれはその復刻版です。


零観2


キットは、時代を感じさせる凸モールドーです。
パーツもシンプルでコクピット内部も何もなく、半身のフィギュアが付属します。


零観3


組説もシンプルな1枚物です。
キットは後期型を再現しています。


これは、私の世代には懐かしいキットだと思います。
金型は、昭和39年12月5日完成と記されています。
このキットは、あーだこーだ言うのではなく、この様なキットがあったんだと時代を懐かしむものですね。
1960年代、この時代を象徴する様なキットだと思います。
この復刻版は、そんな時代を思い出す、タイムスリップした様な。


【 2017/08/21 (Mon) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)

愛知 B7A2 艦上攻撃機 流星改

流星


本日のキットは、ハセガワ1/48愛知B7A2艦上攻撃機流星改です。
急降下爆撃・水平爆撃・雷撃を行える多任務艦上攻撃機です。



流星2


キットは、少ない部品ながらコクピット内部も良く再現されています。
胴体形状も問題なく、モールドも綺麗です。


流星3


キットは、ガル翼の特長を良く捉えて再現しています。
魚雷が付属しています。


流星4


デカールは、3種類付属しています。
実戦部隊で流星を装備した第七五二海軍航空隊と実験機で使用された横須賀海軍航空隊です。


流星5


組説はシンプルながら分かり易い説明で問題ありません。
日本語と英語で機体解説が記されています。


流星6


塗装図ですが、流星の優雅なスタイルが良く分かります。
日本機で一番美しい機体と称されています。



流星改は、大戦末期に生産された日本海軍の艦上攻撃機です。
日本海軍は、それまで艦爆と艦爆をそれぞれ製作してきました。
これを一つの機体で行うため開発されたのが流星です。
昭和15年に海軍は、愛知航空機に雷撃、水平爆撃、急降下爆撃の可能な機体の開発を命じました。
速度、武装、運動性とも非常に苛酷な性能を要求された愛知航空機は昭和16年10月に研究を開始します。
昭和17年12月に試作1号機を完成させましたが、重量過大でした。
次の2号機は、主翼構造を前面的に設計し直し、機体各部も重量軽減のため再設計されます。
そのためこれを流星改と称する様になります。
流星改の特長は、空気抵抗の大きい爆弾を胴体内の爆弾倉に納めたため翼が中翼となりました。
そのため脚柱が長くなるのを避けるため、翼をガル翼としています。
エンジン直径の小さな誉を採用したためカウリングから胴体のラインが滑らかになっています。
これがガル翼と相まって美しいスタイルを生み出した結果となっています。
また、性能も高性能で、艦上機としては最高の性能を誇りました。
しかし、大戦末期の為生産数は111機と少なく、航空母艦もないため本来の高性能を発揮する機会はありませんでした。

流星はその美しいスタイルで艦上攻撃機としては人気がある機種です。
ハセガワの流星改は作り易く形状も良好なため好キットと言えると思います。
この流星改には雷装が非常にマッチします。
雷装の流星改の飛行姿勢は人々を魅了する美しさがあります。
それはまるで生き物の様であると表現される方もいます。
私も斜め後方からのスタイルが一番美しいと思っています。

【 2017/08/20 (Sun) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

ハンドガン


毎日暑い日が続いています。
そこで「暑さをぶっ飛ばす」と言うことで、本日は趣向を変えてハンドガンを少々。


ハンドガン

スタームルガーセキュリティシックスです。
1972年、スタームルガー社が発売した銃で、マグナム357を使用できます。
安価で扱い易い銃として人気がありました。


ハンドガン2

コルト S.A.A 45です。
別名「ピースメーカー」は、西武劇には欠かす事の出来ない主役です。
1873年の製造以来現在まで作られ続けられている名銃です。



ハンドガン3

44AMPマグナムオートです。
マグナムを撃てる初めてのオートマチックガンです。
1㎏という重量、銃口を6㎝も跳ね上げる強烈な反動で人気のモデルです。


ハンドガン4

M2019 デッカード ブラスターです。
ブレードランナーに登場した銃です。

ハンドガン5

最後はデリンジャーです。
デリンジャーと言えば、小型拳銃の代名詞になっています。
これは、1866年から製造されたレミントン製ダブルデリンジャーをモデルアップしています。
【 2017/08/19 (Sat) 】 その他 | TB(0) | CM(2)

いすゞ TX40型 給油車

給油車


本日のキッットは、ハセガワ1/48 いすゞTX40型給油車です。
陸軍航空隊や海軍航空隊の基地で、T40をベースに燃料給油車として使用されました。


給油車2


キットは、シャーシにデフやプロペラシャフト、エンジン等が別パーツで付きます。
1/48ながら細部も細かく再現されています。


給油車3


ドラムカンや消火器、エンジン用工具等が付属しています。
陸軍用、海軍用のエンブレムが付属しています。


給油車4


デカール、透明部品です。
ナンバープレートやメーター類がデカールで再現されます。


給油車5


組説はわかり易く問題ありません。
給油作業中のフィギュア2体が付属しています。


1937年、それまで日本の自動車会社を二分していた2つの会社が併合し、東京自動車工業株式会社が設立されました。
これが後のいすゞ自動車株式会社です。
この年、日中戦争が始まった事で、陸軍より大量の自動車生産の要請を受けました。
今までの工場では生産が間に合わないことから、川崎へ急遽4万坪に及ぶ工場を建設します。
翌年1938年に川崎製造所の第一期工事が終了し、操業1号車となるいすゞTX40型トラックが完成します。
すぐに年産1000台を超す本格稼働に入りました。
いすゞTX40型トラックは積載重量2トンで、都市及び近郊用として開発されました。
電装品、計器類等すべて国産品の材料を使用するなど、日本の自動車工業の基礎となった車両です。
Tはトラック,Xはエンジン、40はホイールベースの長さ4mを表しています。
戦時中は97式トラックとも呼ばれ、軍用に使用された車両は用途に応じて改造が行われました。
これらは、貨物や兵員輸送車としても活躍しています。
TX40型トラックは、戦前から戦後まで活躍し、日本の復興にも大いに活躍しました。
【 2017/08/18 (Fri) 】 AFV | TB(0) | CM(0)

マクダネルダグラスF-15C イーグル

イーグル

本日のキットは、LS1/144マクダネルダグラスF-15C イーグルです。
F-4ファントムの後継機として開発された大型制空戦闘機です。

イーグル2

胴体は上下2分割で、機首は左右2分割になっています。
有名な第18戦術戦闘空団 第12戦術戦闘飛行隊 ショーグン のデカールです。

イーグル3

ミサイルが4発付属しています。
LSは1/144アクセサリーパーツを別売していて、アメリカ爆弾セットやアメリカミサイルセットがありました。

イーグル4

鉾裏が組説になっています。
このキットは、シリーズ№8です。


1956年、サイドワインダーを装備したF-86戦闘機の配備が始まりました。
このF-86は、1958年の台湾海峡における金門砲戦時の大規模な空中戦などで戦果を挙げる事になりました。
このとから、アメリカ空軍では今後の戦闘機同士の戦闘は「ミサイル万能論」が支流となります。
航空兵器としての機関砲は、軽視されるようになっていきました。
また、1950年代のソ連の新型爆撃機を脅威として対応する必要を唱える「ボマーギャップ論」が広まります。
そのためアメリカ空軍は、要撃機と爆撃能力の拡充に重点を置く事になります。
これらの結果、対戦闘機戦闘を主目標とした制空戦闘機から要撃機や戦闘爆撃機へ移って行きます。
ミサイルによる爆撃機要撃のF-102やF105の様な戦闘爆撃機で、F-101やF104も運動性は軽視されました。
こうした経緯から、アメリカ空軍はベトナム戦争開始時に優れた格闘戦能力を持つ機体は保有していませんでした。
緒戦の同士討ちを契機に定められた有視界外戦闘を禁止により、旧式のMIG17との格闘戦に苦戦します。
だだし、1961年に押し進められた空海軍機種統一により導入したF-4が、比較的機動性に優れ戦争を凌ぐ事が出来ました。
1967年の航空ショーでMIG-25が突如出現し、アメリカ空軍は危機感を募らせます。
そこでF-4の後継機は、格闘戦に優れた軽量な機体に大推力のエンジを持つF-15が開発されました。
1972年初飛行、1976年運用開始、40年経った現在でも世界トップクラスの性能を誇っています。

F-86F、F-104、F-15などのジェット戦闘機操縦者として飛行任務に従事したロック岩崎氏をご存じでしょうか?
彼は、F-15戦闘機で、低高度での「ナイフエッジ」飛行を成功させました。
また、「横回転コルク抜き」と言う独自の空戦機動を編み出したことでも有名です。
彼の名を一躍有名にしたエピソードは、旧式機で再新鋭機を撃墜した事でしょう。
日米間での空中戦訓練において旧式であるF-104で、当時最新鋭であったF-15を撃墜しています。
この時の戦法が自著「最強の戦闘パイロット」で語られています。

1 F-104はF-15より小型である分発見されにくいと言う利点がある。
2 これを生かして相手チームをを先に発見し、1機が囮になる。
3 相手が囮を追いかけるのに夢中になっている間にもう1機が背後から撃墜する。

F-15に乗り換えたあとも軽量で機動性に優れたF-16で模擬空中戦を挑んで来た米軍機を返り討ちにしています。
この時の相手側の戦法は、前述と攻守を逆にしたものと同じでした。
それを予測し、逆手に取って返り討ちにしています。
【 2017/08/17 (Thu) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

パナピアMRCA200トーネード(西ドイツ海軍仕様)

トーネード

本日のキットは、LS1/144パナピアMRCA200トーネード(西ドイツ海軍仕様)です。
イギリス、西ドイツ、イタリアが共同開発した全天候型多用途攻撃機です。


トーネード2

コクピット内部は再現されていません。
胴体は上下2分割です。


トーネード3

可変翼は可動させることが出来ます。
大型の垂直尾翼が目を引きます。

トーネード4

箱裏面が組説になっています。
ミサイルは付属しますが、増槽はありません。


トーネードは、イギリス、西ドイツ、イタリアが共同開発した全天候型多用途攻撃機です。
主に航空阻止を任務とし、要撃、近接航空支援、艦艇攻撃、偵察などをこなすため多数の派生型が開発されました。
トーネードIDS  主な攻撃機で、ほとんどのNATO規格の兵器を装備することが出来ます。
トーネードECM ドイツ空軍が開発した電子戦闘偵察型で、トーネードIDSを改修した機体です。
トーネードADV イギリス空軍が開発した防空戦闘機型で、ロングノーズが特長的です。
1974年初飛行、イギリス、ドイツ、イタリア、サウジアラビアで運用
トーネードは、湾岸戦争に参加してイラクの飛行場爆破等に活躍しました。

日本ではあまりお馴染みではないトーネードですが、ヨーロッパでは人気がある様です。
大きな垂直尾翼と可変翼の主翼が特長的で、高性能を思わせます。
LSのキットは、トーネードIDSでマーキングは西ドイツ海軍のもの。
なかなかカッコイイ仕上がりになりそうで西ドイツ海軍のマーキングが良く似合います。
LSの1/144シリーズは、お手軽にマーキングを楽しむ事が出来るキットです。
【 2017/08/16 (Wed) 】 飛行機 | TB(0) | CM(4)

三菱 F-1支援戦闘機

F-1

本日のキットは、LS1/144三菱F-1支援戦闘機です。
日本が初めて独自開発した超音速戦闘機です。

F-12

パーツはシンプルで、コクピット内部のパーツはありません。
小さな翼が目を引きます。

F-13

増槽や爆弾が付属しています。
スリムなスタイルはカッコイイですね。

F-14

箱裏が組説になっています。
組説は別紙にして欲しいです。


日本では、F-104の第一線配備に伴い、余剰となったF-86を戦闘爆撃機として配備し、支援戦闘機としました。
だが、F-86は亜音速機のうえに航続距離が短く、対艦攻撃能力が低かったのです。
老朽化が迫り、代替機が求められ、後継機を超音速高等練習機とその派生型である攻撃機で充てる計画をたてました。
「国内の航空産業と若い技術者の育成、飛躍を目的にする」とした意見が通り、国内開発が決定されます。
これにより、超音速高等練習機T-2は支援線特器への転用を前提として開発されます。
T-2開発完了直後から次期支援戦闘機の開発を開始し、改造開発することになりました。
当時、支援戦闘機としたのは、自衛隊の性格上あくまで侵略に備える地上部隊を支援すると言う意味合いからです。
日本という四方を海に囲まれた島国の防衛のために、対艦ミサイルによる対艦攻撃を想定しています。
その性能や運用目的から攻撃機、もしくは戦闘爆撃機と分類される場合もありました。
1975年初飛行、生産機数77機、1977年運用開始、2006年退役


F-1_(13610307365


F-1は、そのスリムなスタイルと独特の迷彩塗装から人気がある機体です。
塗装は、上空から発見されにくくするために機体上面と側面は緑の濃淡と茶色の迷彩です。
下面は地上から発見されにくい空と交じり合う明るい灰色という配色です。
これが実にスタイルにマッチした塗装です。
LSのキットは、お手軽に塗装を楽しめるキットです。
【 2017/08/15 (Tue) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)

ジャガー SS 100

ジャガー

本日のキットは、トミー1/32 ジャガーSS100です。
1935年~1940年まで、SSカーズが生産した2座席のスポーツカーです。

ジャガー2

ボディーは、フェンダー、ボンネット、キャビンの3分割です。
完成後もエンジンを見る事が出来ます。

ジャガー3

座席やハンドル等、プラパーツは少ないです。
立像のフィギュアが付属しています。

ジャガー4

メッキパーツ等です。
メーターはデカールで再現されます。


ジャガー5

ネームプレートやナンバープレートは塗済みです。
タイヤはゴム製でスペアータイヤも付属します。

ジャガー6

シャーシやエンジンは金属製です。
スポークホイールはエッチングです。


ジャガー10

組説には詳しい車体解説が記されています。
組説はシンプルですが、分かり易く説明されます。


ジャガー7

小さい車体ながら存在感十分な雰囲気です。
フィギュアがとても良い感じで、車体とマッチしています。


ジャガー8

1/32と言うスケールを感じさせない迫力です。
ボディーカラーはグリーンやマルーン等、シックな色も良さそうです。

ジャガー9

このシリーズは、ポルシェやメルセデス、フェラーリ等が発売されています。
往年の名車で人気も高く、キットも好評でした。


ジャガーは、性能、乗り心地、安全性、スタイル、品質など世界の超一流車です。
イギリスを代表する車として有名で、世界に浸透しています。
しかし、第二次世界大戦前までは、ジャガーは2流で「スタイルだけの車」と言われていました。
ジャガーの前身は、1921年に創立したスワローと言うサイドカー工場でした。
この工場は、ウイリアム・ライオンズとウイリアム・ウォームズーの二人が創立しました。
1927年からは、小型大衆車のシャーシに洒落たカスタムボディーを載せて成功します。
1932年のSSⅠで初めて自動車メーカーの仲間入りをしました。
SSⅠは、1000ポンドもするベントレーを思わせるスタイルで310ポンドで発売されました。
それは中身が安物の6気筒エンジンだったからでした。
そのためベントレーを欲しくても買えない大衆からは歓迎されましたが、車好きからは偽物のレッテルを貼られます。
この汚名を返上するには大変な努力がはらわれる事になります。
1934年、スワロー社は、社名をSSカーズ・リミテッドと改称し、1935年に初めてジャガーと呼ばれるサルーンが誕生します。
翌年、スポーツカーとして発表されたのがこのSS100で、時速100マイルが出る様にと言う願いが込められていました。
直列6気筒OHV 2664cc・102馬力 4速MT SUツイン サス 前後半楕円リーフ
1937年に行った雑誌社のテストで、153㎞/hを記録、公表値の160㎞/hに僅かに届きませんでした。
そのため、1938年に3485cc・125馬力の「31/2」が追加され163㎞/hを記録,SS100にふさわしい高性能車になりました。
このSS100誕生によりジャガーは初めて本物のスポーツカーとして認められました。


このキットは、1985年に発売されたトミー名キットです。
いかにもイギリス車らしい雰囲気の車で、今でも人気が高い車です。
俳優の夏木陽介氏が所有している事でも知られています。
イギリスはオープンカーが多いんですが、イギリスの天候がオープンカー向きではない様な気がするんですがね。
最後に組説に記されている一文を紹介します。
当時のトミーの製品に込められた心意気が伝わる様です。

「このモデルは、トミーが自動車ファンの皆様にお贈りする精密スケールモデルキットです。
誰にでもくみたてられ、また、そのくみたての工程を楽しんでいただけるよう設計されています。
ただ、今までにない精密感をだす為に、亜鉛合金ダイキャスト、エッチング部品等の部品を使用していますので、この説明書を良くお読みの上、十分注意してくみたててください。」
【 2017/08/14 (Mon) 】 その他 | TB(0) | CM(0)

ミコヤン MIG-25 フォックスバット

ミグ25


本日のキットは、LS1/144 ミコヤン MIG-25 フォックスバットです。
ソビエト連邦のミグ設計局が開発したマッハ3の最速戦闘機です。


ミグ252


キットは、小スケールながら良く出来ています。
MIG-25の特長を良く捉えています。


ミグ25」3


パーツも組説もシンプルです。
このシリーズは№19まであり、手頃に楽しめるキットです。



1950年代、アメリカではB-58、XB-70、SR-71などの超音速機が開発されていました。
ソ連は、こうした侵入機に対する迎撃戦闘機の開発の必要に迫られていたのです。
そこで、ミコヤン・グレビッチ(ミグ)設計局にその開発が依頼されます。
その結果、完成されたのが1961年に登場したYe-155です。
高速性と高高度性能を持ちつつ安全性と運動性を確保するため、主翼は高翼配置となっていました。
機体後部の垂直尾翼は2枚で、世界初の装備でした。
飛行試験は1960年代を通じて行われました。
戦闘機型や偵察機型が製作され、1964年に偵察機型が初飛行しています。
1967年7月に行われたモスクワ・ドモジェドヴォ空港での航空ショーにおいて、MIG-25が突如出現し西側に衝撃を与えました。
アメリカも公開された機体に対抗し得る機体を自軍に保有していないと考え、危機感を募らせました。
アメリカが使用していた戦闘機は機動性が悪い物が多く、機動性に優れたF-15を開発することになります。
1976年9月6日、ベレンコ中尉亡命事件によって、MIG-25の実際の性能が明らかになります。
これは、MIG-25が演習中に突如急降下し日本に向かって飛行を開始します。
これを日本のレーダーが捉え、千歳基地のF-4EJがスクランブルを行いました。
日本に向かってくるMIG-25を探すが、レーダーサイトのレーダーは低空飛行に移ると探知することができませんでした。
また、F-4EJのレーダーもルックダウン能力が低く、MIG-25を発見できませんでした。
結局、そのままMIG-25は函館空港に強行着陸します。
このことにより日本のレーダー網の脆弱性が判明、早期警戒機のE-2Cを導入する事になります。
このMIG-25は、日米共同による調査が行われました。

高速飛行で高熱に曝される部分に置いてチタン合金ではなくニッケル鋼が多く使われたいた事。
そのためMIG-25が安全に飛行できる最高速度はマッハ3ではなく、マッハ2.83程度。

迎撃に特化した戦闘機であり、機動性はあまり高くない事。
地上管制の誘導を受けながら広大な国土上空を飛行し、長射程ミサイルを目標まで運び発射するもの。

新型のターボファンエンジンやターボラムジェットではなく、従来型のターボジェットエンジンを採用していた事。

電子機器はアメリカ以上のハイテクとみられていたが、オーソドックスな真空管が多く使われていた事。
旧式ながらレーダーの出力は600kwと極めて大きい物であった。

機体設計においては、革新的よりは信頼性に重点をおいた堅実な設計に基づいた機体であった事。

以上の事から西側の懸念した様な格闘戦用の戦闘機ではない事が判明します。
ソ連の防空システテムに組み込まれる、領空防衛を主目的とする迎撃戦闘機であると考えられました。
これにより、西側への侵攻が行われた際に前線に現れ脅威となる状況は想定されなくなったのです。
調査班は西側諸国の不安が「過大評価」であったとの結論を下しています。


1984年、当時の新鋭機F-20とF-16XLがLSより発売されました。
その当時1/144は100円が普通だったのですが、これは200円と高い価格でした。
その後、「ジェット機シリーズ」で発売されていた機種がパッケージ、デカール換えで発売されました。
この再販された機種はデカールが良く、マイクロエアークラフトシリーズは好評を得たものです。
しかし、MIG-25と言えば機体よりベレンコ事件を思い出します。
当時1/72でハセガワからMIG-25のキットが発売されていました。
この事件後、爆発的に売れに売れたと言う話を聞きました。
当時スケール物は低迷していた頃で、他メーカーはガンプラなどに移行しつつありました。
しかし、その後もハセガワはジェット機を作り続けて行ったのです。
この小さなLSのキットを眺めながら、そんな事を思い出しました。
【 2017/08/13 (Sun) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)

艦上攻撃機 天山 一二型

天山


本日のキットは、ハセガワ1/48 艦上攻撃機 天山 一二型です。
九七式艦上攻撃機の後継機として中島飛行機が開発しました。


天山3


空母のエレベーターの寸法に収めるために、垂直尾翼後端を前傾させています。
胴体は繊細なモールドで、形状も良好です。


天山4


主翼面積と翼端は、九七式艦攻よりわずかに小さく、翼端から36.85mの位置で折り畳むことが出来ました。
主翼は展開時と折り畳み時を選択可能です。


天山5


魚雷が付属しています。
低空雷撃が主な攻撃方法で、800㎏爆弾を用いた高高度水平爆撃はほとんど行われていません。


天山6


コクピット内部は十分再現されています。
下方銃座は開閉選択出来ます。


天山7


デカールは2種類付属しています。
第752海軍航空隊と第210海軍航空隊が選択出来ます。


天山8


組説は横開きの1枚物です。
日本語と英語で機体解説が記されています。


天山9


塗装、マーキングも図示で分かり易く説明されます。
天山の形状が良く分かります。


天山2


翼を折り畳んだ状態です。
改造しないで、最初から開閉選択式にした事は高評価されます。



1939年、海軍は制式採用直前の九七式三号艦攻の後継機を中島飛行機に提示します。
これを受けた中島飛行機は、1940年から本格的に開発を開始します。
開発開始時に問題になったのは、搭載発動機でした。
要求書で指定されていたのは1800馬力級の中島の譲でした。
火星は三菱製で当時は1500馬力級で、一式陸攻試作機に搭載され各種試験が進められていました。
九七艦攻より100㎞/h速い新型艦攻を前線に送るため譲を搭載、この発動機搭載型が一一型となります。
火星が1800馬力級になり、エンジン不調が多かった譲と換装したのが一二型でした。
1941年初飛行、1943年2月生産開始、1943年7月運用が開始されます。
天山は大馬力のエンジン搭載の為、海軍機として初の金属製4翅プロペラを採用しています。
しかし、登場時期が遅く天山は華々しい活躍の場はありませんでした。
様々な問題のため、運用が2年も遅れてしまったことが惜しまれます。
一流の機体性能が半減してしまった不運な艦攻と言えるでしょう。

キットは、天山の形状を良く捉えた好キットです。
翼やフラップの開閉選択等、高評価されるものだと思います。
その力強いスタイルは、九七艦攻と比較して高性能機である事が良く分かります。
しかし、九七艦攻の様な華々しい活躍はなく、人気はあまり無い様です。
艦攻のキットは、戦闘機と比べて元々人気はありません。
九七艦攻は真珠湾攻撃等で活躍したので別格の様です。
天山は高性能機で、このキットも好キットなのに人気が無いのは残念ですね。

【 2017/08/12 (Sat) 】 飛行機 | TB(0) | CM(2)
プロフィール

じゃごろ

Author:じゃごろ
お手抜きモデラーのじゃごろです。
スケール物中心にupします。
宜しくお願いします。

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