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じゃごろの模型日記

手抜きモデラーのプラモ日記です
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中島 キ44 二式単座戦闘機 鍾馗 Ⅱ型 その2 震天制空隊


本日のキットは、ハセガワ1/32 中島 キ44 二式単座戦闘機 鍾馗 Ⅱ型 その2 震天制空隊です。
帝都防衛に活躍した成増飛行場の震天制空隊、飛行第47戦隊の鍾馗です。

鍾馗10

キットは、飛行第47戦隊の震天制空隊のスペシャルマーキングの限定品です。
このマーキングは、1/48、1/72のキットにも見られる有名な機体です。

鍾馗11

胴体パーツ等は共通パーツです。
パーツは昨日の定番キットと同じで、パーツの変更はありません。

鍾馗12

主翼パーツ類も共通パーツです。
昨日の定番キットと同じで、パーツの変更はありません。

鍾馗13

増槽等小物パーツ類も共通パーツです。
昨日の定番キットと同じで、パーツの変更はありません。

鍾馗14

主脚カバー類も共通パーツです。
昨日の定番キットと同じで、パーツの変更はありません。

鍾馗15

キャノピーなど透明パーツ類も共通パーツです。
昨日の定番キットと同じで、パーツの変更はありません。

鍾馗16

デカールは2種類用意されています。
飛行第47戦隊 震天制空隊所属機2機です。

鍾馗17

組説は基本的に定番キットと同じで、細部指示に変更が見られます。
機体解説は同じ物で、震天制空隊の説明は一切ありません。

鍾馗18

塗装図は2種類描かれています。
箱絵の塗装と赤いラインが有名な機体の2種類です。


震天制空隊は、第二次世界大戦期に大日本帝国陸軍が編成した特別攻撃隊(空対空特別攻撃隊)の1つです。
太平洋戦争後半から始まったアメリカ陸軍航空軍の高性能超重爆撃機B-29による日本本土空襲に対抗する苦肉の策として、1944年11月7日、第10航空師団は隷下の各飛行隊に対し、各戦隊に4機の特別攻撃隊(主に戦闘機)で体当たりしB-29を撃墜する空対空特攻隊の編成を下令しました。
これは、防衛総司令官・東久邇宮稔彦王陸軍大将によって震天制空隊と命名されました。
震天制空隊の名称は、厳密には東部軍管区の第10飛行師団に隷属する各空対空特攻隊を指し、西部軍管区の第12飛行師団に隷属する空対空特攻隊は回天隊と称していたように、これらの名称は(通称)は飛行師団ごとに別名で呼称されたものです。
帝都防衛の主力は第10飛行師団で、調布、成増、松戸、柏の各基地に戦隊を展開しています。
ここで空対艦特攻との違いを述べておきます。
空対艦特攻との決定的な違いは、敵機に衝突後に操縦者が機体より脱出し落下傘降下、あるいは偶然操縦席より放り出される形で結果的に脱出、ないし損傷した乗機を操縦着陸させ生還することが必ずしも不可能でなかった点です。
そもそも戦闘機操縦者、特に当時の日本機でB-29の高度まで飛行出来る操縦者は貴重な人材であったため(技量不足の操縦者が高空飛行に失敗して高度を落とす事はしばしばあった)、むしろ生還する事が求められていました。
このため十死零生ではない事です。中には、飛行第244戦隊震天制空隊(はがくれ隊)所属の板垣政雄軍曹・中野松美軍曹のように2度とも生還した例もありました。
逆に戦果を挙げる事ができず、技量不足とみなされた操縦者が、特攻隊に左遷される場合もありました。
編成は各飛行隊内の4機1組で1隊とし、使用する機体の大半は使い古しの中古機で、軽量化のため航空機関砲、防弾鋼板、無線機等を撤去し(軽量化以外にも、喪失前提の機体に装備を搭載したまま道連れにする必要はないと言う意味もあります)高空での機体性能を少しでも向上させた「無抵抗機」と呼ばれる機体が用いられました。
因みに、その創設にあたりフランス空軍に範を取った帝国陸軍の高空部隊には海軍航空部隊と異なり、特に凝った意匠の部隊マーク・パーソナルマーク・撃墜マーク・指揮官マーク・ノーズアートなどを自由気ままに機体に描き、またそれを軍上層部が許可する柔軟な文化が育っていたため、震天隊や回天隊などを含む特別攻撃隊の機体には特攻隊員の心意気を示す為、特に派手な特別塗装やパーソナルマークが施されていました。
因みに昨日の飛行第70戦隊も1945年当時は柏飛行場で震天隊を編成していました。
また、成増飛行場は東京都練馬区にあり、住民からは高松飛行場とも呼ばれていました。

このキットは、武装を撤去し高空性能を向上させた機体の為、主翼の機関砲がありません。
組説では、機首の機関砲は取付られています。
私の記憶では、機関砲4門を撤去したと思っていたんですが、違っていた様です。
機関砲、燃料タンクのシーリングゴム、防弾板を撤去して200㎏程機体が軽くなったと思っていました。
又、無線機撤去も機体によりバラバラではなかったと思います。
「今から突入する」と無線で連絡した操縦者がいたからです。
ですから機体の細部までは良く分かりません。
しかし、生還を求めるとか言いますが、特攻は特攻ですよ。
生還したのはたまたま運が良かっただけです。
言葉が悪いですが、B-29にモロに当たれば木端微塵、絶対助かりませんよ。
だから、この派手な震天制空隊のマーキングは、操縦者の生命の最後の輝きの様です。
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【 2017/12/05 (Tue) 】 飛行機 | TB(0) | CM(0)
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Author:じゃごろ
お手抜きモデラーのじゃごろです。
スケール物中心にupします。
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