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じゃごろの模型日記

手抜きモデラーのプラモ日記です
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坂本幹彦少佐慰霊碑


昭和19年11月21日、B-29の編隊61機が大村第21海軍工廠に来襲、空爆を敢行した。大村の第352海軍航空隊は月光8機、零戦43機、雷電16機を持って迎撃、大本営は「撃墜確認せるもの14機(うち1機は体当たりによる)・・・右戦闘に於いて体当たりを敢行セルは海軍中尉坂本幹彦なり」と発表した。
(昭和19年10月25日、当時最新鋭機の流星を作る工場が急襲され300余名もの死者を出した)
(同級生の母親も大村の工廠で働いていて、空襲を受け逃げる中、グラマンの射撃を受けて死ぬところであったと話していた)

352空の坂本中尉(兵71期)は第2小隊長として零戦9機を率いてB-29を攻撃。編隊攻撃用として特に開発された三号爆弾を投下後、上方からの攻撃で銃撃。さらにB-29の編隊外側機に上方より体当たりを敢行した。

坂本機は諫早市長田町から高来町の山中に飛散した。遺体はすぐには発見されなかったが、四十九日の忌日にあたる昭和20年1月8日、海岸より7キロ登った諫早市高来町深海榎堂の東北、割石地区の山中で当時15歳の少女山崎マサノさん他2名が薪取りに来て発見した。

坂本中尉は佐賀県東松浦郡相知町出身、戦死時22歳。2階級特進し少佐に昇任。

平成4年に坂本少佐慰霊碑が建立、第22航空隊が訓練の一環として、定期的に清掃を実施している。

さて本日は、坂本幹彦少佐慰霊碑 です。





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【 2019/11/23 (Sat) 】 その他 | TB(0) | CM(0)
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